国性爺合戦

2003/04/12

近松門左衛門が1715年に書いて大坂竹本座で17か月のロングランになった「国性爺合戦」。人形浄瑠璃から歌舞伎に移され、主人公・和藤内は二代目團十郎によって荒事の代表的な役に仕立てられました。清に滅ぼされた明の再興に奔走した鄭成功という実在の人物(明人の父と日本人の母の間に生まれ、成長して明軍を率いましたが、望みかなわず台湾で1662年に没しました)を題材にした荒唐無稽のストーリーは、なぜか小学生時代に子供向けの本で読んだことがあって、何となく題名だけがずっと記憶に残っていました。今回の歌舞伎座での通し狂言は「平戸海岸」から「元の甘輝館」までの四幕六場ですが、その中に虎退治や紅流しといった荒事の見どころが含まれていて面白い……というわけで幕見席に陣取りました。

冒頭、漁師たちが唐土から流れ着いた船の話題をひとしきり交わしてひっこむと、薄青の幕が落ちて奈落から紅の隈取も鮮やかな和藤内の吉右衛門丈がせり上がって、これは文句無しに格好よし。鴫と蛤の争いの後にだんまりが入るのがどういうつながりでそうなるのかよくわからないのですが、ともかく朝日がかっと登って日本の夜明けといった感じで老一官一家の旅立ちとなります。続く千里ヶ竹の虎退治が傑作で、特に虎の演技が爆笑・大喝采でした。馬と違って低い姿勢の着ぐるみの中に二人入っているのは大変だろうと思いますが、前足と後足を巧みに左右入れ違えながら横ずさりしたり、後足2本で立ち上がったり(つまり後足役が前足役を持ち上げています)、やっつけられた後は母の渚にすりすりと媚びて頭をなでてもらったりと虎〜猫の仕種を巧みに演じていました。虎退治の後に大勢の官人たちとの立回りもありますが、さんざんに打ち負かされて許しを乞う官人たちの上に大相撲の弓取式の弓のように長く反りのきつい大刀をひと振りすると、官人たちの頭が剃られて月代ができてしまうというのが凄い発想です。

獅子ヶ城楼門は一転して、竹本に合わせての左團次丈の老一官と雀右衛門丈の錦祥女の親娘の情愛あふれる対面。楼門の上の錦祥女と下の老一官、後方の城壁の上に居並ぶ敵将・兵士たちという構図が立体的です。そして「甘輝館」で登場した富十郎丈の甘輝はさすがに貫禄十分。仁左衛門丈が休演のための代役なのですが、富十郎丈は私の大好きな役者なので全く不満なし。また、縛られた姿のまま命がけで甘輝と錦祥女の間に割って入る渚がこの場の主役で、練達の田之助丈はこれまた見事。また、紅を流すために化粧殿へ向かう錦祥女が、その素振りに死の覚悟をそれとなく示すのも観るものの胸を打ちます。

錦祥女が紅を流した後に続く場面転換が大掛かりで、甘輝館のセットが左右後方にぐっと引いて舞台のはるか奥の方から大きな橋が前にせり出し、協議不調のしるしを見た和藤内が「南無三、紅が流れた!」と叫んでから、立回りの後に飛び六法で引っ込むまでが痛快で、押し寄せた官人のひとりがぶん投げられて宙を飛ぶのですが、ジャストのタイミングで黒衣が人形とすり替えているわけです。しかし「元の甘輝館」では、錦祥女と渚の二人の死に(一見)ずいぶん無頓着に着替にかかり、その間に和藤内の大刀を持ち上げようとして持ち上げられない官人たちの「♪なんでだろ〜」というコメディーも悲劇性を薄めて、演出に違和感を感じたのは事実。ちょっとこれでは死んだ二人がかわいそう、というのは近松のせいなのか演出のせいなのかわからないので、数年たったら今度は全体を通して演ってもらえませんでしょうか。

配役

和藤内 中村吉右衛門
甘輝 中村富十郎
小むつ 中村魁春
栴檀皇女 中村芝雀
老一官 市川左團次
澤村田之助
錦祥女 中村雀右衛門

あらすじ

もとは明の国の忠臣で、今は日本で妻の渚と子の和藤内とともに暮らす老一官は、祖国が謀反で滅ぼされたと知り、明国再興のため一家で大陸に向かう(日本肥前国平戸の浜)。明国に渡った和藤内は、その怪力で獰猛な虎を難なく退治(千里ヶ竹虎狩り)。一家は老一官の先妻との間の娘で、敵国の五常軍甘輝の妻となっている錦祥女のもとを訪ね、父娘再会を果たす(獅子ヶ城楼門)。明国再興に理解を示す甘輝だが、妻の願いを聞き入れて反旗を翻すのは武士の恥辱ゆえ妻を殺してから加担するとのこと。義理の娘を死なすわけにはいかない渚は命を賭してこれに抗う(甘輝館)。錦祥女は皆の大望を成就させるため、自ら命を絶つことを選択。渚もこれに殉じる。甘輝は二人の死に報いるため、和藤内に延平王国性爺鄭成功の名を与え、征伐の旅に送りだす(紅流し・元の甘輝館)。