マヤ文明展

2003/04/06

上野の国立科学博物館で開催している「マヤ文明展」に行ってきました。長い間解読困難とされてきたマヤ文字も近年解読が進み、それにつれてマヤの歴史がかなり詳細にわかるようになってきたそうで、今回の展示ではその成果を踏まえつつ、主としてコパン王朝の盛衰に光を当て、豊富な出土品を陳列していました。

コパン王朝は、ユカタン半島から現代のグアテマラの大部分、そしてホンジュラスとエルサルバドルのそれぞれ一部にかかるマヤ地域の南東端に位置し、西暦426年に初代ヤシュ・クック・モが即位してから16代の王を数えた一大センターですが、マヤの政治史の中では主にティカルとカラクムルの2大勢力が覇権を競い、他のセンターはそれぞれの衛星国的に影響を受けていたようです。さらに、ティカルやコパンにはメキシコ中央部に栄えたテオティワカンの侵入の形跡もあるとの説明が図説に載っており、この地域のダイナミックな歴史にあらためて強く惹かれるものを感じました。そしてマヤ文明が「謎の文明」と言われるゆえんは、やはりあれだけの高度な都市文明が9世紀頃に一斉に放棄されてしまったという悲劇的な歴史によるものでしょう。その原因としては戦争などの政治的な原因や生態系の破壊など様々な説があり、この展示でも結論は出していなかったのですが、やはりこの文明に見合うだけの人口を維持できなくなる何らかの要因が発生したのでしょう。

入場するまで30分もかかるほどの大人気で、展示されている品々も立派なものばかり。平面的な文字と人物像の装飾的なデザインが素晴らしい石碑や、大きな耳飾り・頭飾りが重そうなコパンの人面頭像、ティカル出土の蓋つきヒスイ製円筒形壷(マヤの人々は青銅器や鉄器を知らず、硬いヒスイは砂でこすりながら少しずつ切り削ったそうです)、黒地に赤彩の女性が仮面を儀礼槍を持った王に手渡している図柄から通称「サロメ」と呼ばれるカカオ飲料用の多彩色土器など、どれも見応えがありましたが、マヤ文明の最大の魅力は何といってもあの建築群であり、これらの出土品が眠っていたマヤの地に実際に立ってみたいとの気持ちをますます強くしました。

そうした点でも、今回の展示のひとつの目玉になっているVRシアターでの臨場感あふれる映像はなかなか楽しく、コパンのアクロポリスの球技場の様子(負けた方は生け贄にされるのだとか……)や、古い神殿の上に歴代の王によって何重にも神殿が積み重ねられた重層構造をなしていることをビジュアルに示していて、15分では物足りないものを感じました。