義経千本桜

2003/02/22

「菅原伝授手習鑑」「仮名手本忠臣蔵」と並ぶ丸本歌舞伎の三大傑作のひとつ「義経千本桜」(初演:1747年)の通し上演は、一昨年も国立劇場と平成中村座で行われ、平知盛・いがみの権太・狐忠信を前者は團十郎丈、後者は勘九郎丈が演じ分けるというので大きな話題になりましたが、このときはチケットがまったくとれずに泣く泣く見逃していました。国立劇場では二部制で「堀川御所」から「奥庭」までの通しでしたが、今回の歌舞伎座での公演は「鳥居前」から「川連法眼館」まで。

伏見稲荷が舞台の「鳥居前」での忠信(菊五郎丈)は火炎隈の荒事芸が理屈抜きの面白さ。ユーモラスな笹目忠太(十蔵丈)率いる鎌倉方の追手をやっつけるところでは全員がひとつの形態摸写をするのですが(以前見たときは西暦2000年を祝って「2000」の文字でした)、今回のは何か角のある生き物のようにも見えました。いったい何だったんだろう?

「渡海屋・大物浦」は平知盛(吉右衛門丈)の物語ですが、銀平での世話物らしい台詞術が素晴らしく、相模五郎(三津五郎丈)をいなしてみせるせりふのひとつひとつに拍手が涌きます。一方の相模五郎、出だしの名乗りでゲジゲジ眉を上下させて見せたのは恐らく人形を模したもの。この場では威張っているのに銀平に手もなくやられ、魚づくしの捨て台詞を述べて情けなく引き下がる三枚目なのですが、その後に悲壮感漂う武者姿で再登場するわけで、三津五郎丈の芸の幅の広さを再認識しました。そしてクライマックスは血まみれの知盛が碇綱を体に巻き付けて入水する場面。岩の上で碇を抱え上げ、後ろの海に投げ入れると足元に巻かれていた綱がどんどん引かれていき、そして綱の長さが一杯になって知盛がぐっとこらえた後、仰向けにのけぞり足裏を見せて背中から飛び落ちる場面は凄い迫力です。

「道行」は雀右衛門丈の静。様式美の舞踊劇ですが、忠信のスッポンからの出、「鳥居前」の再現のような逸見藤太(團蔵丈)などもポイント。最後、花四天のひとりが横走りに宙返りして静に杖・笠を渡し、ゆうゆうと花道を下がるところを逸見藤太に「忠信やらぬ」と声を掛けられ忠信が自分の笠を花道から舞台中央の藤太へと斜めに投げたのですが、あいにく手元が狂って笠は右にそれ、そのまま客席へ。幕が引かれてからお客がその笠を舞台上の大道具さんに渡して、大道具さんが(いや、すみませんね)と笑顔を返していました。

夜の部はいがみの権太の物語から。「木の実」で登場した権太(團十郎丈)は悪党の凄みがありながら軽み・愛敬もあり、親子の情(権太が幼い息子にサイコロを教えて「二六の丁!」と言わせるところは抱腹絶倒)も見せて観客に感情移入させなければならない一筋縄ではいかない役柄(権太は「すし屋」より「木の実」の方が難しいと言われるそう)ですが、ここは團十郎丈がきっちりつぼを押さえてくれていました。そして「小金吾討死」での小金吾(信二郎丈)は、歌舞伎でこれだけ激しい立廻りはちょっと見たことがないというくらいスピーディーなもので、暗夜の竹薮の中での大勢の捕り手との息も詰まるような打ち合い、縄をクモの巣のように使った殺陣が手に汗を握らせます。傷付き、追い詰められながら内侍と六代を探し続ける前髪武者の小金吾の哀れな最期は、涙なくしては見られません。

そして「すし屋」では、前半の弥助実は維盛(時蔵丈)と鮓屋弥左衛門の娘お里(魁春丈)のやりとりや権太が母から三貫目を騙しとるあたりがユーモラスですが、後半一転して悲劇となっていきます。「義経千本桜」のストーリーは、源平合戦後も実は生きていた平知盛・維盛のその後の運命と、狐忠信が親=初音の鼓を慕いつつ静御前を守護する話の二本立てで、義経自身は主役ではないのですが、考えてみればここで権太一家が悲劇に見舞われるのも、もとをただせば維盛が壇ノ浦で死んだはずなのに実は生きていた(史実では屋島合戦の際に脱出して高野山へ、その後熊野で入水)ことに由来するので義経のせいと言えなくもありません。してみると、この話も単純な判官びいきに対するアンチテーゼと読めるかも、などと妄想を膨らませながら見ましたが、梶原景時が出てきて大好きな富十郎丈なのに気づき、大喜び。こういう敵役でも性根は立役という肚のすわった役柄をやらせたらこの人の右に出る者はいません。

最後はお楽しみ、四の切の「川連法眼館」。猿之助風の欄間抜けや宙乗りこそないものの、三段での出、わずか数秒の早替り(下手で床下に落ちて上手から駆け出してきたからこれは大変)、欄干渡りなど視覚的に楽しいものです。「川連法眼館」だけならこれまでにも何度か見たことはありますが、こうして通しで見てみると、菊五郎丈の忠信は「鳥居前」の荒事、「道行」の様式美、「川連法眼館」での本物の忠信の風格、狐忠信の情と多様な役柄を演じ分けて、まさに匠の技を見るようでした。

配役

佐藤忠信実は源九郎狐 尾上菊五郎
静御前 中村芝雀
中村雀右衛門
渡海屋銀平実は新中納言知盛 中村吉右衛門
いがみの権太 市川團十郎
梶原平三景時 中村富十郎
源義経 中村梅玉

あらすじ

序幕:
鳥居前
兄頼朝と不和になり都落ちする義経は、伏見稲荷で後を追い慕ってきた愛妾の静御前に都に留まるよう説得し、形見に法皇より拝領の初音の鼓を与えて別れる。そこへ義経を捜しまわる笹目忠太が来て静を捕らえようとしたとき、義経の忠臣佐藤忠信が現れ静を救う。この様子を見た義経は忠信に源九郎という名と鎧を与え、静と鼓の守護を命じ旅立つ。
二幕目:
渡海屋
大物浦
都落ちした義経一行は九州へ向かおうとして大物浦の渡海屋銀平の宿で日和待ちをしている。銀平は、実は平知盛の身をやつした姿で安徳帝と乳母典侍の局を娘と妻に仕立て、義経への報復の機会を狙っている。義経は銀平の親切に感謝して船出するが、今こそ復讐の時と銀平は本性を現し、白装束の幽霊姿に身を変え義経を討とうと沖に向かう。しかし既に見抜いていた義経に阻まれ、知盛は深手を負う。義経が幼い安徳帝の守護を約束したので典侍の局は自害し、追い詰められた知盛も碇綱を体に巻きつけ入水して果てる。
三幕目:
道行初音旅
静と忠信は連れ立って吉野にいる義経を訪ねる。桜花爛漫と咲き乱れる吉野山をいく二人。そこへ逸見藤太がやってきて静を捕らえようとするが、人間とは思えぬ妖気を漂わせながら忠信が藤太らを追い払う。
四幕目:
木の実
小金吾討死
平家の残党狩りから逃げている平維盛の御台所若葉内侍と嫡子六代君は、供の主馬小金吾と大和の国下市村の茶屋で休んでいる。茶屋の女房小せんは体調がすぐれない六代君のために薬を買いにいき、その間の気晴らしにと三人で椎の実を拾っていると、いがみの権太が来かかりわざと荷物をとり違えそれを種に金をゆすり取る。 その夜、三人に追手がかかって主従は離ればなれとなり、小金吾は大勢の討手と戦うが、力尽きて討死する。そこへ通りかかった権太の父すし屋の弥左衛門は、小金吾の首を持ち帰る。
五幕目:
すし屋
維盛の父重盛に恩義を受けたすし屋の弥左衛門は、維盛を下男弥助としてかくまっている。娘のお里は弥助に想いを寄せていて父から祝言させると言われ弥助に夫婦事の稽古を始める。そんな所へ勘当の身の権太が帰ってくる。権太が母を騙して金をもらいそそくさと帰ろうと門口を出ると弥左衛門の姿。権太はあわてて金をすし桶に隠す。弥左衛門も持ち帰った小金吾の首をすし桶に隠した。若葉内侍と六代君が訪ねて来て弥助の素性を知ったお里は、権太が訴人に向かうのを見て維盛親子を逃がす。しかし権太は、小金吾の首を維盛とし、自分の女房子供を内侍・六代に仕立てて詮議に来た梶原景時に渡すが、そうと知らぬ弥左衛門に刺される。
六幕目:
川連法眼館
静と忠信が、義経のいる吉野山の川連法眼の館へ到着。するともう一人忠信が現れる。不審に思った義経は静に詮議させる。静は道すがら鼓を打つと忠信が現れたことに気づき鼓を打つと、やはり忠信が現れる。問いつめると、静の供をしてきたのは初音の鼓の皮に張られた狐の子で、親恋しさに忠信に化けて供をして来たと切々と語る。義経はその肉親の恩愛に感じ鼓を与える。狐は喜び、恩返しにと夜討ちをかけてきた荒法師たちをこらしめる。