十種香 / 奥庭

2002/11/04

「本朝廿四孝」の四段目切りである「十種香」は、私にとってトラウマのような演目でした。かなり前に観たことがあって、はっきり言ってまるで退屈だったのです。しかし、その後歌舞伎について少しは勉強するようになって、八重垣姫は歌舞伎三姫のひとつで大変な難役(ちなみに残りの二姫は「祇園祭礼信仰記」の雪姫と「鎌倉三代記」の時姫)であるといったことを知ると、このまま「退屈な芝居」で片付けているわけにはいかないんじゃないか、と思うようになったのですが、最初の体験での退屈さが尋常ではなかっただけにこれまでなかなか踏ん切りがつきませんでした。ちょうど11月の歌舞伎座では三代目中村雀右衛門七十五年祭追善狂言として「本朝廿四孝」の「十種香」と「奥庭」をセットで出すということで、「十種香」の八重垣姫は当代の雀右衛門丈が勤めるといいますから、これはいろいろ考えるといい機会。しかも後掲するように他の配役もたいへん豪華なので、思い立って幕見で見ることにしました。

十種香

まず「十種香」では、雀右衛門丈の八重垣姫の初々しさにやはり驚きます。一番後ろの幕見席から観ると、どう見ても十代の花も恥じらうお姫さま(雀右衛門丈は既に傘寿を過ぎています)。そして弔いの悲しみ、蓑作を見ての驚きと止められない恋心、恥じらいと死の覚悟など、姫の品格と奔放さとの危ういバランスの上で様々な感情を表現してみせます。多少所作に危ういところもないではなかったのですが、芝翫丈の濡衣がうまくサポートしていました。濡衣は恋人(本物の蓑作)を勝頼の身代わりで失っている悲劇の人ですが、ここではその悲しみを一見捨てているように見えながら、諏訪法性の兜を求めるあたりの迫力は恋人の弔いにかける悲壮感が感じられます。菊五郎丈の勝頼は品と美しさがあり、謙信の出から天王寺屋・成田屋・松嶋屋と大役者を惜しみなく出して舞台が大きくまとまりました。

奥庭

雀右衛門丈の息子の芝雀丈が八重垣姫で、狐に憑かれるところでは口上が出て人形振りとなります。狐火が緑の炎をあげ、水面に狐の顔が映り、八重垣姫が宙吊りになって左右にゆらゆら飛んだり引き抜きで振袖が赤から白(狐の色)に変わったりと、視覚的にも大いに楽しめて「十種香」の重さを解放してくれた感じ。この「奥庭」での八重垣姫の献身的な姿を見てようやく、「十種香」での八重垣姫の蓑作=勝頼に恋慕する心情の移り変わりが素直に理解される思いがしました。

やはり、実を言えば今回も「十種香」だけでは私には荷が重かったというわけです。

配役

十種香 八重垣姫 中村雀右衛門
武田勝頼 尾上菊五郎
白須賀六郎 市川團十郎
原小文治 片岡仁左衛門
長尾謙信 中村富十郎
腰元濡衣 中村芝翫
 
奥庭 八重垣姫 中村芝雀
人形遣い 大谷友右衛門

あらすじ

十種香

長尾謙信の息女・八重垣姫は、死んだ許婚の武田勝頼によく似た花造りの蓑作を見そめ、腰元の濡衣に仲介を頼む。蓑作は実は生きていた勝頼で、初めは否定していた勝頼も八重垣姫の真情に正体を明かす。そこへ現れた謙信は蓑作実は勝頼に塩尻への伝令を命じ、出立後ただちに白須賀六郎と原小文治を追討に差し向ける。

奥庭

八重垣姫は勝頼を助けたい一心で奥庭の社にある諏訪明神の兜を身に付け、明神の使者の狐に守護されて諏訪湖を渡る。