アフガニスタン悠久の歴史展

2002/08/31

上野の東京藝術大学美術館で開催されているアフガニスタン悠久の歴史展へ行ってきました。

かつてアレキサンダー大王の版図にも属し、ギリシア美術と仏教との出会いをもたらしたアフガニスタンの歴史的遺産の数々は、イスラムやモンゴルの侵寇などに蹂躙されてきた上に、近年のうち続く内戦とタリバンによる徹底した破壊によって回復不能なまでの痛手を受けていますが、それまでの間に多くの美術品が合法 / 違法にアフガニスタン国外へ流出しています。この展覧会は、そうしたアフガニスタンの「文化財難民」を展示したもので、規模はさほど大きくないながら、素晴らしい仏教彫刻が数多く集められていて興味深いものでした。

ゼウス神像(前3世紀)。けっこう大きく、全身を再現すれば身長3mくらい。

アレキサンダー大王がアケメネス朝ペルシャを倒しこの地に進攻したのは前330年から前327年のことで、彼はこの地を去るにあたりオクソス河(アム・ダリヤ)流域を中心に2万人近いギリシア人・マケドニア人を残して行きました。その後のセレウコス朝時代には地中海地方からさらに多くの入植者を迎え、前215-前130年のグレコ・バクトリア王国へとつながります。

仏陀頭部(3-4世紀)。ノーブルな顔だちがいかにもヘレニズムっぽい。

ギリシア人の国家はインドまで版図を広げましたが、やがて北方の遊牧民の南下によって消滅していきました。漢の張騫が匈奴に対抗するため同盟を求めて大月氏のもとにやってきたのは、大月氏が傘下の大夏を先鋒としてバクトリアに進攻させた前129年のこと。この大月氏が5部族に分裂し、その中から紀元前後に台頭して中央アジアからインドにかけて大帝国を形成したクシャン朝のもとで、仏陀を人の姿で表すという仏教美術史上の大変革が行われました。これがガンダーラ仏教美術です。

弥勒菩薩交脚像(3-4世紀)。信じがたいくらい美しい像。

クシャンは3世紀初頭にはササン朝ペルシャの支配を受け、4世紀末にはエフタルが興ります。この像が出土したハッダには、399年に法顕、632年に玄奘も訪れています。玄奘はバーミヤンに関する記録も残していますが、玄奘が訪れた頃のこの地は西突厥の支配下にあり、その後も支配者はアラブ、トルコ、モンゴル、ティムール、イランと変遷していきました。