オール・ストラヴィンスキー・プログラム(東京交響楽団)

2001/12/08

この日、朝9時半に八重洲の診療所で黄熱病の予防接種をし、神田神保町のICI石井スポーツでインドア用のクライミングシューズを買ってから錦糸町の「T-WALL」で3時間余り練習。その後取って返して相模大野のグリーンホールで東京交響楽団の「オール・ストラヴィンスキー・プログラム」(指揮:秋山和慶)。

このプログラムは、ストラヴィンスキーの三大バレエ曲をいっぺんに演奏してくれるという実にコンビニエントな企画で、クライミングの練習の帰りにたまたま相模大野駅を歩いているときにポスターで知ってチケットを予約していたものです。私はふだんあまりクラシックは聴かないのですが、バレエ曲となると話は別で、この3曲もかなり昔にレコードを所有して聴いてはいました。しかしオケの生演奏で聴いたことはなく、楽しみにしながらホールに足を向けました。

火の鳥
バレエ曲でありながら、私はバレエとしての「火の鳥」を観たことがありません。それどころか「火の鳥」を最初に聴いたのは富田勲のシンセサイザー曲としてだったと思いますし、同じ頃にプログレバンドYesがライブの冒頭のSEとしてこの曲のエンディングの部分を使っているのも耳にしており、したがって「火の鳥」とくるとそのまま「Siberian Khatru」が頭の中で鳴りだすくらいです。
曲は不気味に暗い6拍子のリフレインの序奏で静かに始まり、賑やかな「火の鳥のヴァリエーション」を経て美しいフレーズの「王女たちのロンド」につながります。ここは魔王カスチェイに捕われている王女たちの優美な踊り。私の一番好きなところで、リムスキー=コルサコフの「シェヘラザード」を連想させます。火の鳥の魔法によってカスチェイが踊り狂う「カスチェイ王の魔の踊り」でのフォルテシモのヒット音は目の前で演奏されると直接心臓に響いてくるようで凄い迫力です。そして火の鳥がカスチェイを眠らせる静かな「子守歌」を経て、魔法が解けた王子と王女が結ばれる輝かしい「終曲」へ。
ペトルーシュカ
「ペトルーシュカ」は、ずいぶん前にビデオでミハイル・バリシニコフが踊るのを見た記憶がありますが、これも実際の舞台を観たことはありません。しかし、今日の3曲の中では最もお気に入りで、一番数多くレコードを聴いた曲です。
拍手の中を指揮者が入場してきて一礼の後指揮台の上に立ち、場内が静かになったときにががっと椅子を引きずる音が。第一ヴァイオリンの4列目くらいのチャーミングな女性ヴァイオリニストが椅子を動かした音で、すかさず2列目・3列目のいずれも女性の同僚が咎めるような視線を送るのに(すみません)といった感じで首をすくめています。しかし指揮者は頓着せずに「謝肉祭の市場」を開始しました。ここは本当に美しく楽しいところで、活気ある市場の情景を描き何度聴いても飽きることがありません。かつて初めてこの曲の冒頭の部分を聴いたとき、昔懐かしい東映動画の『太陽の王子 ホルスの大冒険』の中で北の村に魚が遡上してきた場面の輝かしい音楽が思い出されましたが、『ホルス』の音楽もロシア民謡のエッセンスを取り入れていると何かで読んだことがありますから、案外根は同じなのかもしれません。ピアノが活躍する第2場「ペトルーシュカの小屋」で魂を得た人形ペトルーシュカはバレリーナの人形に求愛しますが、受け入れられません。第3場「ムーア人の部屋」では人形のムーア人とバレリーナとがワルツを踊り、ペトルーシュカは嫉妬に駆られます。第4場「謝肉祭の日の夕方」で再び賑やかな市場の情景が鮮やかに描かれ、登場人物がディヴェルティスマンを次々に踊ります。そこへ飛び出したペトルーシュカは、ムーア人の剣で倒されます。人形師がこれは人形だと人々を安心させて片付けようとしたとき、怪しいストリングスの響きとともにペトルーシュカの亡霊が現れます。
春の祭典
1913年の初演のときには、そのあまりにも常識破りな和声やリズムに会場が騒然となったというエピソードをもつ「春の祭典」とは、ディズニーの『ファンタジア』で大胆に編曲されたものを聴いたのが最初の出会いでした。そこで描かれていたのは地球の誕生から恐竜時代、そして恐竜たちの滅亡と大洪水による地球の再生だったと記憶しています。一方バレエの方はベジャール版を京都勤務時に東京バレエ団で観たことがありますが、なんとも原始的・土俗的なエネルギーに満ちたバレエでした。しかし、その後はやはり舞台を観る機会を得ていないので、これもまたいずれ聴きたい曲のひとつでした。ところでこの日の席は前から5列目で指揮者を仰ぎ見るにはいい場所なのですが、この曲では後列の打楽器群の動きを見てみたかったので、休憩時間の間に最後列に移動し、オーケストラ全体を俯瞰できる席に陣取りました。
第1部「大地礼賛」(昼)は、高音域のファゴットが自然の目覚めを描写する「序奏」に続く「春のきざしと乙女たちの踊り」が特に印象的で、弦の激しいリズムが不規則なアクセントと大胆な不協和音を奏でます。その後もロシア民謡風の主題や戦闘的な旋律、重々しい行進などがコラージュのように次々に展開していきます。第2部「生贄」(夜)は重苦しい夜の情景で始まり、民謡的な主題による「乙女たちの神秘な集い」を経て金管を合図に打楽器群全開の「生贄への賛美」〜「祖先の呼び出し」からは二人のティンパニ奏者と大太鼓、そして銅鑼が圧倒的な音圧で聴衆に迫ります(ティンパニ奏者は何種類かのマレットを用意していて、それを曲中で頻繁に使い分けていました)。呪術的な「祖先の儀式」、そして複雑なリズムの上で生贄の乙女が死ぬまで踊り狂う「生贄の踊り」で、最後は唐突に終わります。

全体を通して、ストラヴィンスキーの大胆なオーケストレーション、リズムや調性の前衛性と、一方で随所に聴かれるロシア民謡に題材をとった牧歌的な旋律の美しさを再認識しました。たまにはオケのコンサートに足を運ぶのもよいものですね。