京都の社寺巡り(宵々々山・南禅寺)

京都の7月は言わずと知れた祇園祭。17日の山鉾巡行を中心に7月一杯にわたって続く大イベントです。

かつて京都に勤務していたとき、1年目は四条大宮にマンションを借りて四条河原町の会社まで歩いて通っていたのですが、巡行の当日何も知らない私は四条通りを人ごみにもまれながら西から東へ歩いていたら、室町通りの北側のビルの谷間から5階建てくらいの高さの鉾がぬっと姿をあらわして観衆からどよめきがあがり、誰かがあげた「菊水(鉾)や!」という叫び声を耳にした途端、理性がふっとんで出勤することを忘れそのまま観光客の一員になってしまったことがあります。今回京都を訪れた14日は巡行の3日前で「宵々々山」と呼ばれ、夜になると各山鉾提灯が灯り、コンチキチンと祇園囃子が奏でられるとともに、路地には屋台が所狭しと並んでお祭り気分が盛り上がります。

2001/07/14

大阪での仕事を終えて阪急で京都に着いたのが18時半頃。京都ホテルに投宿してラフな服装に着替えてから、最も賑やかになる室町通りから四条通りを目指してみようと御池通りを渡って姉小路を西へ向かいました。すると烏丸通りに出る手前にレンガ造りの建物があり、その中庭がやけに賑やかです。中に入ってみると意外にも内部は近代的な回廊が階を重ねており、真ん中のステージでライティングも鮮やかにゆかたのファッションショー(?)が行われていました。ここは、かつて後白河法皇が院の御所を構えた三条東殿の地に大正から昭和にかけて建てられた京都中央電話局の建物跡で、その外観を活かしながら内装をがらりと作りかえた「新風館」です。私が京都にいたときはこんな建物はなかったから、比較的最近のオープンなのでしょう。

宵々々山

烏丸通りを渡ったところにあるのが鈴鹿山。小道を入ったところで、子供達がお札売りのわらべ歌を歌っています。

ご安産の腹帯は これより出ます
つねは出ません 今明々晩限り
ご信心のおん方さまは
うけてお帰りなされましょう
おろうそく一ぽん
献じられましょう

今日は宵々々山なので今明々晩限り、これが宵山になれば今晩限りとなるわけです。室町通りに置かれた黒主山の近くでは「くろぬしやまの手ぬぐいとちまきはどーですかー。」と呼ばわる子供達もいて賑やかです。さて、そのまま室町通りを南に向かいましたが、これが半端ではない混雑。だいたい日中37度近くまで気温が上がった猛暑の余韻が残っている上に、各種の屋台で狭くなった通りを人がごったがえしているのですから、そのままサウナに入ったようなものです。途中焼き鳥やら串パイナップルやらを買い食いしながらゆっくりと歩いていきましたが、菊水鉾の手前でにっちもさっちも行かなくなってしまいました。それでも押し合いながら前に進んでいると、アルコールでいい顔色になった物売りのおやじが「ゆっくりゆっくり!年寄りや子供がつぶれたらどないすんのや!」と大声を出し、私の後ろにいた女の子から「えェことゆうわ、おっちゃん!」とすかさず間の手が入ります。なんとかここを通過して四条通りに出たら、歩行者天国になっている四条通りも観光客が右へ左へうろうろしており、その間に駒形提灯を灯して聳える月鉾や函谷鉾(かんこほこ)、必ず巡行の先頭を勤める長刀鉾(なぎなたほこ)を見て回りました。

新風館でのショーとお札売りのわらべ歌を歌う子供達。新しいものと伝統とが同居している不思議の町が京都です。

祇園祭のときは町会所に山鉾の人形や織物などが飾られ、町家も秘蔵の品々を道行く人々に見えるように飾ります。通りには食べ物の屋台ばかりでなく、パチンコ・金魚すくいなどの出店が並びます。そして鉾は駒形提灯によってほのかにライトアップされ、風情あり。ふだんは車が渋滞する四条通りも、宵山の時間帯は町衆や観光客の広場となります。

2001/07/15

かつて住んでいた二条御幸町から二条寺町界隈を歩いてみました。閑静な住宅街にあって2年半住んだマンションは今も健在でしたし、いつも日曜日のブランチをとっていた進々堂も、内装は変わっていましたが相変わらずおいしいパンをゆったりいただきました。しかし、そこから昨日と同じ道を歩いてみると、姉小路高倉あたりからマンション建設反対のポスターが貼られ幟が立っているのに出会いました。昨夜泊まった京都ホテルも仏教界まで向こうに回して深刻な景観論争を巻き起こしましたが、昔ながらの町並みはここでも消えていきつつあるようです。

四条通り

ともあれ四条通りに出て、月鉾の上にも乗ってみたりしながら四条通りを河原町まで歩きました。今年は300年振りに女人禁制が解かれて女性5人が囃子方として鉾に乗ることになっていますが、反対する向きもやはりあるらしく、長刀鉾の受付には「女性の方は渡廊下手前迄となっております」と貼り紙がしてあります。

南禅寺

四条河原町から御池通りまで上がって、地下鉄東西線に乗りました。この地下鉄は遷都1200年の1994年を目指して建設されていながら(掘るたびに歴史的遺品が出てくるので?)ついに間に合わなかったいわくつきのもので、乗るのは初めてです。実は、先週歌舞伎座で猿之助丈の石川五右衛門が「絶景かな絶景かな」とやった南禅寺の山門に自分も登ってみようというのが、今回の京都訪問の主たる目的でした。蹴上の駅で外に出て少し歩くと雰囲気のある寺域にさしかかって、南禅寺周辺の塔頭が連なります。

徳川家康に近侍して「黒衣の宰相」と呼ばれた崇伝長老がこの地に移建した金地院の鶴亀の庭園。この日も京都の気温は37度まで上がりました。

みかえり阿弥陀如来がユニークな永観堂。徐々に高さを上げて眺めのよい多宝塔に辿り着きます。紅葉の季節はなお素晴らしいでしょう。この後、山門の下で待ち合わせていた知人と落ち合い、まずは近くの聴松院で豆腐料理を食しました。冬なら湯どうふですがこの季節は冷やし豆腐を選ぶこともできて、迷わずそちらにしました。冷房のきいた部屋で、庭園を見ながらひんやりした冷やし豆腐をいただくのは、最高の贅沢です。

ゆるりと昼食を終えてから、南禅寺の山門に上がりました。高さ22mの巨大な山門の上から眺める京都市街はなるほど絶景で、通る風も爽やか。山門の中には仏像や羅漢像が安置され、柱や天井の極彩色が鮮やかです。しばらく山門の上でまったりしてから、国宝の方丈などを見た後、南禅寺を後にしました。

南禅寺の山門はやはり大きい!その奥にある方丈も風情がありました。