塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

半神(NODA・MAP)

1999/04/20

昔、ある日男が一人やってきて、その岬の波のどよめく陽のささぬ浜辺に立ってこう言った。「……この海原ごしに呼びかけて船に警告してやる声が要る。その声をつくってやろう。これまでにあったどんな時間、どんな霧にも似合った声をつくってやろう。たとえば夜ふけてある、きみのそばのからっぽのベッド、訪う人の誰もいない家、また葉のちってしまった晩秋の木々に似合った……そんな音をつくってやろう」

渋谷、Bunkamuraシアターコクーンで、NODA・MAPの「半神」。この作品は1986年に夢の遊民社の舞台で初演され、1988年、1990年と再演された後、NODA・MAPの公演として9年ぶりに再演されるものです。

会場に入ると舞台上では役者たちが思い思いに身体を動かしており、あたかも稽古場の雰囲気です。定刻を過ぎても客席を照らす照明はそのままに野田秀樹が登場し、舞台稽古として冒頭の台詞が始まります。これはレイ・ブラッドベリの「霧笛」の一節で、この台詞はさらに以下のように続き「孤独」というキーワードが観るものの潜在意識に埋め込まれます。

「鳴きながら南方へ去る鳥の声、十一月の風や……さみしい浜辺によする波に似た音、そんな音をつくってやろう。それはあまりにも孤独な音なので、誰もそれを聞きそらすはずはなく、それを耳にしては誰もが、ひそかにしのび泣きをし、遠くの町で聞けばいっそう我家があたたかく、なつかしく思われる……そんな音をつくってやろう。おれは我と我身を一つの音、一つの機械としてやろう、そうすればそれを人は霧笛と呼び、それを聞く人はみな永遠というものの悲しみと生きることのはかなさを知るだろう」

こんな感じで始まった劇は、萩尾望都の短編「半神」を原作としています。醜いけれども聡明な姉シュラ(深津絵里)と美しくも幼児のままの心をもつ妹マリア(加藤貴子)のシャム双生児の少女たちが、片方が生き続けるためにもう片方の生命を失わせる手術を受けて切り離されることになる、という基本ストーリーに、彼女たちを愛しながらも翻弄される家庭教師(勝村政信)、四次元から五次元へといたる「らせん方程式」の解を抱えたまま失われた記憶の中をさまよう老数学者(野田秀樹)、彼が迷い込んだ心の迷路から双子をベンゼンの魔界へ連れ戻そうと迫りくるスフィンクスたち、といった登場人物たちが絡み、重層的な時間と空間が輪廻のように繰り返されて、姉妹のいずれが助かったのかという謎へと観客を誘い込みます。

原作を読んでいなかったこともあって始めのうちはストーリーの展開がわからず、テンポも合わなくてなかなか感情移入しきれなかったのですが、シュラが孤独になりたくてもなれない身の上に絶望しつつわたしはまだ神さまというものをみたことがありません。けれども、やっぱり『神さま助けて下さい!』と叫ぶ場面から、舞台への思い入れが客席をぐっと支配したようです。

らせん方程式の1/2+1/2=2/4とは、一つの頭に2本の足のシュラとマリアが合体していて二つの頭に4本の足。いつもマリアにまとわりつかれて神様に助けを求めたシュラの「一人」になりたいという願望は、この方程式を割り切って自分を1/2に戻すこと。「謎の答えは、いつも人間」と後押しするスフィンクスの言葉に従って、1人は「孤独」と共に人間に戻り、1人は「音」を作ってもらって六角形の世界の果ての六つ目の角へと旅立ちます。そうして得られた孤独は、果たしてシュラのものとなったのか。あるいは、常に横にいたもう1人を送り出して人間に戻ったことが幸せだったのか。残された者が去って行った者へ向ける痛切な思いが、萩尾望都の原作と同様に観る者の胸にも刺さります。

1年ぶりの野田秀樹に(もしかすると深津絵里さんに?)涙腺を刺激された芝居でした。

配役

シュラ 深津絵里
マリア 加藤貴子
老数学者 / ドクター 野田秀樹
鷲尾真知子
山崎一
右子 / ガブリエル 山下裕子
ユニコーン 右近健一
ハーピー 水谷誠伺
スフィンクス 佐々木蔵之介
左子 / マーメイド 明星真由美
ゲーリューオーン 佐藤拓之
先生 勝村政信

原作のあらすじ

腰のあたりでくっついて生まれてきた双子の姉妹。姉は聡明だが養分を妹にとられて醜く、妹は知性を持たないかわりに美貌の持ち主。周囲の人々の賞賛は妹に向き、両親も妹の世話を姉に求める。妹を支えて一生を過ごさなければならない不幸を嘆く姉だったが、13歳になったときに、このままでは姉の身体は妹を支えきれず二人とも死んでしまうというドクターの診断により、姉妹を切り離す手術が行われる。手術が終わり目覚めた姉は死の間際の妹と対面し、その醜く痩せ衰えた姿に衝撃を受ける。月日が流れ、いまや姉は幸福な生活を送っているが、鏡に映った美しい自分の中にふと妹を見出し、死んでいった妹=失った自分の半身への愛憎の深さに涙する。